「 やはり試掘だ、東シナ海ガス田 」
『週刊新潮』'07年11 月29日号
日本ルネッサンス 第290回
やはり試掘だ、東シナ海ガス田
11月17日の『産経新聞』に「中国『試掘なら軍艦出す』」という強烈な見出しが載った。日中戦争が始まるかのような見出しは、11月14日に東京で開かれた東シナ海天然ガス田開発についての日中協議で「日本側が協議の停滞を理由に試掘を示唆した際」の中国側の言葉として報じられた。
交渉に臨んだ日本の外務省、資源エネルギー庁の担当者らは一様にこれを否定する。一方、町村信孝官房長官は16日、崔天凱駐日中国大使と会談し、福田康夫首相の訪中までに東シナ海ガス田問題を解決すべく、中国側に柔軟な対応を要請した。同日午後の記者会見で「崔大使は努力すると答えたのか」と問われた長官は、「当然、双方は努力をすることだというふうに、第一、(中国側は)いつもそう言うんですよね」と答えた。
東シナ海問題について、日本側は中間線を以て日中の海の境界線とすべしとの立場だが、中国側は中国の大陸棚は沖縄トラフまで続いており、そこまでが中国の海だと主張する。中国説では、わが国固有の領土の尖閣諸島も中国領になる。
町村長官の「いつも、(努力すると)言うんですよね」という説明は、日本の主張を中国が受け容れずに現在に至っていること、日中交渉は実は硬直しているのだと認めるに等しい。
原則論での対立が続く一方で、解決法としての共同開発が打ち出され、これまで日中両政府はどの海域でどこまでの共同開発をするのかを幾度となく話し合ってきた。
遅々として進まない話し合いではあるが、論点を整理すれば以下のようになる。日本は中間線の両側にまたがる形で共同開発すべきだとしつつも、尖閣諸島周辺と日韓大陸棚周辺はその対象から外すと主張してきた。尖閣諸島は明確な日本の領土で、周辺海域は日本の領海だ。その外側に広がる排他的経済水域(EEZ)も明確に日本の海だ。また、日韓大陸棚に関しては韓国の主権や漁業権も考慮せざるを得ない。したがって、これらを日中共同開発の対象外とするのは当然なのだ。
国際常識を逸脱した中国
一方、中国はあくまでも、沖縄直前までが中国の海であり共同開発は中間線の日本側でのみ行うべきだと主張してきた。中間線からわずか4キロほど中国側に入ったところで掘った白樺(中国名・春暁)ガス田は、海底で日本のガス田とつながっていると見られるにもかかわらず、共同開発の対象から外すと中国は主張し続けている。他方、尖閣諸島周辺、とりわけ、地図上で見ると同諸島の右上に有望な油田が広がっていると見られているのに着目して、ここも共同開発すべきだと主張するのだ。
国際社会における海上境界の線引きを見れば、中間線を主張する日本のほうが圧倒的に正しい。1980年代から現在までの約30年間、国際社会は中間線を基本として係争海域の問題に決着をつけてきた。
たとえば地中海に浮かぶ美しい島国マルタとリビアの海上境界線は1985年に「等距離原則」で決着した。このときの合意、国際司法裁判所による「リビア・マルタ大陸棚境界画定事件判決」では、「海底の地質学・地質構造学的特性は各国の権原の証明に無関係」とも定めた。つまり、大陸棚がずっと続いているから、大陸棚の端まで全てを自国の海とする中国式主張は認められないという判決だ。
但し、調整の余地はある。それが海岸線の長さである。リビアの海岸線はマルタのそれよりもかなり長い。その分を配慮して、中間線を少し北に移動し両国の境界と定めた。同判決はその後の判例にも影響を与えた。以降の海域境界の画定は93年のデンマークとノルウェー、99年のエリトリアとイエメンなど、いずれも中間線を基本としてきた。
境界線が画定出来ないときも、国際社会は係争海域での共同開発についての一般的ルールを築き上げてきた。原則は均等なる分配である。
たとえばマレーシアとタイは1979年及び90年に係争海域での共同開発に合意し、利益は正しく二分すると合意した。89年にはオーストラリアとインドネシアが、92年にはマレーシアとベトナムが同様の合意をした。
無論、゛均等〟ではないケースもある。02年のナイジェリアとサントメ・プリンシペの合意は6対4の分配だ。02年のオーストラリアと東ティモールは1対9だ。それでも、互いに分け合うことを基本にしているのが国際社会の現状である。中国には国際社会の主流を成すこの種の解決法を尊重する姿勢が見られない。
日本の実行力を内外に示せ
今年4月、温家宝首相が訪日し安倍晋三首相(当時)と会談した際、今秋までに共同開発の具体策をまとめることで合意した。が、それ以前の交渉で進捗がなかったことを考え、実は、日本政府中枢には、話がまとまらなければ、協議は続けながらも、日本側は試掘に乗り出すべきだとの考えがあった。先に帝国石油に日本政府が与えた試掘権の行使に踏み切ることを決意していたのだ。
「試掘権の行使」と言うと、直ちに船を出し、ボーリングでも始めると連想する人もいるかもしれない。『産経』が報じたように中国海軍の艦船の出動や日中の物理的な衝突さえ思い浮かべるかもしれない。しかし、そこに至る前に、実に多くの複雑な問題を乗り越えなければならないのだ。一例が漁業権問題だ。
海洋での掘削は、漁業権を侵すことにつながるため、まず、影響を受ける漁業・水産業者の了承を得、補償について話し合わなければならない。この種の調整には時間と労力がかかる。この難問を解決して、はじめて実際の掘削が可能になる。早く漁業交渉を始めなければ掘削ははるか遠い将来のことになりかねない。
これまで歴代政権は、中川昭一氏が経済産業大臣だった一時期を除き、常に中国の主張に気兼ねしてきた。中間線の東側、わが国の排他的経済水域内での試掘という当然の権利の行使にさえも及び腰だった。中川氏のとき、初めて同海域を調査し、有望な資源を抱えたガス田が日本側に大きく広がっていることを確認した。帝国石油への試掘権も初めて認めた。
にもかかわらず、試掘の前提となる漁業権の交渉も、その他多くの事務手続きも未だ手がつけられていない。中川氏が問う。
「一旦政府が認めた試掘権が、宙に浮いています。これでは日本政府の有言不実行になります。日本国への信頼は、内外において損なわれます。中国との協議は続けながら、日本は、当然の権利を行使してよいのです。むしろ、行使しなければならないのです。漁業者の皆さんに、どうぞ宜しくご協力をお願いしますという、試掘のための環境整備に、直ちに乗り出すべきでしょう」
日中交渉が硬直しているいまこそ、中川氏の正論に耳を傾けるべきだ。